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飯島多紀哉氏のインタビューがとても面白かった
■4Gamer.net ― 「ラストハルマゲドン」「学校であった怖い話」を世に送り出したゲームクリエイター,飯島多紀哉氏特別インタビュー(プロジェクトEGG)
元々は,ファンと交わるのが大好きだったんですが,
あるとき当時のゲーム雑誌の編集長にものすごい怒られて,
ファンがああしてくれ,こうしてくれと言っても,
自分のやりたいことをやれと言われたことがあります。
ファンの言葉に惑わされて従うようなクリエイターにはなるな,と。
そのときのアドバイスの中で「なるほどな」と思ったのは,
何か作品を作って,例えば10万人のファンができたとします。
その10万人を喜ばせようと思ったら,ファンは5万人になる。
その5万人を喜ばせようとしたら,ファンは2万人になり,1万人になり,
最後はみんないなくなる,というものです。
その作品に10万人のファンがいたら,ファンじゃない人は1億人以上いるんだと。
だったら,その10万人を捨ててもいいから,別の1億人に対して勝負しろと言うんですね。
名言。
それまでは,ゲームを制作するときは出来る限りみんなの意見を聞いて,
みんなで仲良く作っていければいいという姿勢でいました。
ですが,もちろん自分の好きに作りたいという意欲も心の片隅にありました。
自分に遠慮してたんですね。
けれど遠慮しながらも,自分の意思を押し通そうとする,
どこか矛盾している感覚が常にあって,自分が良いと思うものよりも,
他人が良いと思うものを優先しようとしていた。
だから,ゲームを作ってもどんどん楽しくなくなっていきました。
「偉そうなこと言うなら10万本売ってみせてくださいよ」
と若いスタッフに言われたことがあるんですが,
そのときにゲーム制作をやめる決心が付きました。
何でみんなの意見を聞きながら,借金してまでゲームを作っているんだろう?
と,単純に疑問に感じました。
ONI零を20万本売った頃には,
ゲーム制作会社としてのパンドラボックスはなくなっていましたが,
未練はなかったですね。
ミッドナイト・コレクションは久しぶりに,やってよかったと思える作品でした。
モノを作るのは自分との戦い。
パンドラボックスでは,みんなの意向を聞きながらモノを作っていたけど,
この作品は一切そうしなかった。
まさしく,自分が作りたいように作りました。
だから,マスターが仕上がったとき,本当に気持ちよかった。
ゲームを作って,こんなに気持ちよくなったのは何年ぶりだろうと思いましたから。
いまは小説を書いてもゲームを作っても本当に楽しい。
いままで生きてきて,一番創作活動を楽しんでいますよ。
自分の作りたいものを作れないのであればクリエイターに戻ってきた意味はないと,
はっきり感じましたし。
パンドラボックスの末期はスタッフを養うために仕事としてゲーム作りをしていましたが,
いまは極力スタッフの人数を抑え,
自分の作りたいものを作ることを心がけています。
いまの若い人達が作るゲームがもし底が浅いとか,
プロットが練られていないとしたら,
自分が楽しいと思えることをやっていないのかもしれませんね。
いまはネットが普及して1億総評論家という時代になっていて,
そういう人達に受け入れられる世界や,
望んでいる方向性の作品を作ろうというクリエイターが多いのかもしれません。
前にも似たような話を取り上げましたが
■ひらたのゲーム開発ブログ 新社会人に必要な判断力〜解答編
「宮さんの言うことは、
右から聞いたら左へ流しなさい。
自分の好きなように描け」
これを守った人が、
いいアニメーターに成長するんです。
船頭多くして船山上ると同じですね。
作品のコアとなるディレクターは基本的に人のアドバイスを聞いてはいけません。
ディレクターはイメージの細部を自分でもってますが、
他人のアドバイスは他人の細部のイメージからのアドバイスですから
どれだけ理論的に正しい話でも、作ってるものの細部が合わなくなるんですよ。
人の意見ばかり聞いてるとどんどんトゲが無くなって、毒も減って
無難に丸くなって、それで食べやすくなったはずなのに、
うまみも面白みも一切消えてしまいます。
ステーキを作ろうとして、
ピザの良さを取り入れようとしたり、
脂っこいからソーメンのようにするべきだとか、
それだと味気なさ過ぎるからテンプラにしたほうがとか、
それは揚げるのが大変だからカレーにしようとか、
カレーは嫌いだとかw
全員の意見をまとめると「ご飯だけ」なら誰も文句は言わないけど
ご飯だけだったら売れなくなります。
こちらでもWebデザイナーの話があります。
■POLAR BEAR BLOG: 船頭多くして・・・
要は他人に批評されればされるほど、
WEBデザインのクオリティは下がっていくという話。
特に批評家が5人以上集まった場合、クオリティはゼロになる!
必ずしも、批評するなとか、批評を受け入れるなとはいいません。
本当にためになるものや、自分の哲学に合うものは受け入れたほうが得でしょう。
それ以外のしっくりこないもの。
そういうのは、
「宮さんの言うことは、
右から聞いたら左へ流しなさい。
自分の好きなように描け」
これを守った人が、
いいアニメーターに成長するんです。
で、いいんじゃないかと思います。
一人のディレクターを立てて、みんながその人をサポートする。
そのディレクター一人の世界観をみんなで作り上げる。
それが理想的。
ディレクターは、上司やパトロンや、部下に振り回されず
きっちり自分の哲学を貫くべきでしょう。
でも、そのディレクターの元で働くスタッフが黙って言うことを聴け!
というわけでもありません。
いくらディレクターが細部までこだわっても
納期と予算には限界があります。
そうすると、こだわる細部の優先順位がついてきて
後は任せるしかなくなる。
そういうのは結構大きいので、ディレクターの世界観の大枠の中で
きちんと自分のこだわりを発揮できるはずです。
それが仮に、女の子キャラが描きたいのに自分のパートに男しかないとかであっても
特に重要じゃないと任せられたところは、
中性的で、女の子をかくように男キャラを描いてもいいわけですし、
メカを描きたいのに時代設定が江戸時代だったとかであれば、
刀や手裏剣、鎖などの貴金属にひたすらメカのこだわりを考えてもいいかもしれません。
市場が望むものや、ディレクターが望む大枠は外さなくても、
そうやって細部で自分の最高の仕事は可能かと思います。
まあ、ここでも書きましたがいちいち人の言うことばかり気にせず、
自分の言いたいことはきちんと言わないと気持ち悪いですよねw
その上で、市場(又はディレクター)の望むものへ
きちんと自分の仕事を細部に落とし込んでいくのがプロなんでしょう。
